ウィズコロナの映画館は

 映画館の状況をみていると、興行収入が元に戻らないのは、客が感染を恐れて来ないことよりも、客が来ないことを恐れて配給会社が大作を公開しないことの影響が大きい感じ。

 これは、アメリカで感染者数増加が収まらず、映画館の稼働状況が上がらないことから、ハリウッドの大作の公開が延期されていることが主要因。007など春公開予定を早々に11/20に延期したのに、アメリカでの公開延期をうけて日本でも再延期になった。秋公開で日程が決まっていたワンダーウーマンやブラックウイドゥのアメコミ物も延期されてしまった。

 映画館へのこだわりが強いクリストファー・ノーラン監督の「テネット」は全世界公開に踏み切り、アメリカ以外では大ヒットしているがアメリカで大ゴケで、赤字は確定的と言われている。

 ハリウッド大作がないおかげで、「今日から俺は!」や「コンフィデンスマンJP」は想定以上のヒットとなったが、かつてのジブリ新海誠クラスのメガヒットがないと、あるいはそれらが複数ないと、全体が元の水準になることはなさそう。

 日本(の少なくとも私の近所)では、ショッピングモールなどはほぼ前年並みになっている気がするがどうだろう。

 映画公開も、緊急事態宣言解除後しばらくは、感染をおそれて子供と高齢者は外出を控えるだろうとの見込みから、特に今年は学校の夏休みがほとんどないこともあって子供向け映画の苦戦が予想されたようだけど、ドラえもんクレヨンしんちゃんもまずまず例年の春公開と同程度は入ったよう。

 名探偵コナンが早々に1年延期を決めたのは、公開だけでなく製作環境も先行きが読めないなら、いっそ丸一年飛ばした方がいいという判断だったのだろうが、結果的にはこの夏に公開しておくのがよかったかもしれない。今や大人の女性客比率が高いわけだし、ライバル不在で例年以上に入ったかも。あるいは「GW前公開で夏休み明けまで上映」というリズムを維持することが長い目で見て良いのか。

 三密回避と声出しの制限が難しいということでは、ライブハウスの回復が最も遅くなるのだろうか。演劇も、舞台と客席が近い小劇場は三密回避が厳しいか。コンサートや大劇場にしても、三密回避はできても定員半分では採算があわないだろうが。

 映画館は、「食事禁止(飲むだけならOK)なら全席可」という、気持ちは分からんでもないがはなはだ科学的根拠に乏しい基準で規制緩和され、食事売上が小さく定員充足率の高いミニシアターは全席開放に踏み切った。

 ポップコーンの売上(とそれ以上に利益貢献)が非常に大きいシネコンは半数定員を維持しているが、ドリンクのみにして全席開放にするかを思案している様子。

 TOHOシネマズは「鬼滅の刃」公開に合わせて、最初の週末である10/16(金)~18(日)の3日間を食事禁止にして全席開放にするとのこと。客1人当たりの食事から得られる利益とチケット収入の利益とから、定員充足率が何割以上なら全席開放の方が利益が大きくなるかの損益分岐データはあるだろうから、「鬼滅」以外を含めてもその損益分岐点を上回ると予想したわけだ。その後どうするかは結果を見て決めるよう。

 その「鬼滅の刃」、上映回数がすごいとニュースになっている。TOHOシネマズ新宿では、午前7時からスタートして、午前7時台に9つのスクリーンで上映。その後、深夜2時50分からの最終上映までに、劇場内で42回上映するスケジュールという。初日金曜に朝7時から上映って…。

 ちなみにTOHOシネマズモレラ岐阜では、12スクリーン中大きい方から5番目までは終日「鬼滅の刃」を上映、その他のスクリーンでも上映があって、7時開始から22時開始まで計39回上映される。

 平均上映間隔24分だから、いつ行ってもちょっと待てば観れる状態。「鬼滅」以外の上映が32回なので半分以上が「鬼滅」。座席定員では7割を超えるだろう。

 どこのシネコンもこの調子のようだから、ここまでするなら定員半分でもいけるんじゃないかと思うが、それとも宮崎駿作品も新海誠作品も超える前代未聞のロケットスタートになるのだろうか。

 それにしても、全席開放の条件が食事禁止というのが納得しがたい。感染リスクが高いのは食事よりも対面での会話だろう。ダイヤモンドプリンセス号での感染拡大はビュッフェでの発生が濃厚なようで、それで食事が槍玉に挙げられているが、カウンター横並びで黙って食べる分には感染リスクは低いのではないか。「接待を伴う飲食」の場がクラスターになるのも、問題は「飲食」ではなく「接待」だろう。

 だから映画館に関しては、応援上映はコロナがインフルエンザ並みの位置づけになってからでないと難しいかもしれないが、黙って鑑賞する分には食事しようが満席だろうが感染リスクは低いと考えられる。

 必要性の程度の差はあれ、通勤の満員電車が容認されるのであれば、会話や発生を伴わない場はよほど(満員電車並み)の密集・密接でなければ容認されるべきだろう。